あわてんぼうのサンタクロース、煙突のぞいて落っこちた、とそんなフレーズが頭に浮かんできた。
うん、まあ、つまりは、サンタ男が、いっそ見事なまでに滑ってハリボテ煙突の中に落ちたってこと。
「いだっ!なんだこの煙突!?なんで塞がってるんだ!?」
途中で塞がっているハリボテ煙突の罠に見事にはまった偽サンタの声が、ハリボテのくせに無駄に深い煙突の中から、反響して聞こえてきた。
「はっはーザマァみさらせ。それはウチの変態親父の趣味でつけてるハリボテよ。
流石、偽サンタにはハリボテがよく似合うねー」
「うわぁ何だこの無駄な煙突は!っていうか上で勝ち誇ってるヤツに何か言い返したいがまずは
ここから出なければ‥!!鈴音さっさと助けやがれーー!」
サンタ男の声は、あたしをいきなり呼び捨てし、しかも散々な言いようのくせに助けを求めている。
「何その態度は?しかもなんでいきなり呼び捨てにされなきゃいけないの」
言いつつも、仕方なくあたしは煙突の中に身を乗り出して手を伸ばし、かなり辛かったが、
なんとかヤツを引っ張り上げた。せまい煙突から脱出したサンタ男は、雪の上にどっかと胡座をかいて、体を伸ばした。
「うぅー、やっと抜け出せたぁ。ありがとう鈴音!」
「何度言えばいいんだよ。呼び捨てにすんなっつうの」
「いや、だってお前、俺のことも呼び捨てにするし」
「は?」
何言ってるんだ、と思ったのは確実に顔に出た筈だが、別に構わない。というかいつ、
あたしがアンタの名前を呼んだよ。そもそも聞いても居ない名前は呼びようが無いじゃん。
「あたしはサンタとしか‥」
「だから、サンタって呼び捨てにしてるだろ」
いよいよ意味が分からない。
「だからサンタはサンタでしょ?」
怪訝な顔でそう聞くと、サンタ男は苛ついたように言った。
「だーかーら!俺の名前が三太なんだって。漢数字の三に太平洋の太だ!小杉三太!」
‥‥理解するのに数瞬の間が必要だったけど、つまりは。
「‥‥え?何?三太って名前の奴がサンタのバイトしてんの!?ぷっふー、笑えないシャレね」
そう言ったけど、あたしの口元はしっかりと吊り上がっているだろう。だって、有り得ないじゃん。そしたら、怒りの声が素早く飛んだ。
「思いっきり失笑してるじゃねーか!!」
だからこの名前は嫌いなんだ!とサンタもとい三太が呻いた。きっと何らかのトラウマがあるんだろうな。
まぁ、所詮は他人なので、特に詮索する気はないけど‥‥っていうか詮索しなくても、何となくトラウマの全体像は分かると思うけどね。
「ところで、この家の子供に用があるんでしょ?」
そう言うと、三太は、はっと思い出したように顔を上げた。‥そうか、忘れてたのか、自分の仕事を。
「おおそうだ。お前の妹か弟かなんかだろ?」
ふふ、ごめんね。生憎、妹も弟も居ないよ‥まあ、もうすぐ義弟ができるけどね。
「‥‥そう。じゃ、今プレゼント持ってるんでしょ?渡しなさい」
ほれ早く、と右手を差し出すと、三太は訝しげな顔をしてプレゼントを渡さない。
「はぁ?何でお前に渡さにゃいかんのだ?俺にもプライドがあるからな。ちゃんと子供の枕元に直接置いてこないとバイトは終了しない」
「その子供の夢を既に打ち壊したんだからもう直接渡したって良いでしょ?」
できるだけ嫌みったらしく言ってやる。夢を壊した罰だ。
「は?どういう意味‥‥‥‥‥‥‥‥‥ってもしかしてお前‥」
鈍い奴だけど、やっと気付いたらしく、顔を蒼くして震える指であたしを指さした。
「そのまさか」
三太は、この世の終わりのような顔をした。
「うわーどうしようどうしよう!契約内容破っちまったよ俺!子供の夢壊しちゃったよ!」
「見事に打ち壊されたからね」
それと、あたしは子供ではない、と付け加えたが、頭を抱えてわたわたと慌てた三太は、
そんなこと聞いちゃいない。急にアタシの方に向き直った奴は、有り得ないほど真剣な顔で言った。
「‥俺、本物のサンタクロースなんだよ!」
無性にイラッと来たので、その頭にチョップをお見舞いしてやる。
「いだぁー!いきなりチョップはないだろチョップは!」
いつも親父に繰り出してかなり鍛えられたチョップをくらい、かなりのダメージを受けたらしい
三太は頭を抑えて呻いた。
「あそこまでやっといて今更本物語ってんじゃねえよボケが」
「失礼な!言っておくがこの俺は生粋の正直者でこの世に生まれ出でて19年、
一度もウソを吐いたことがないといいなぁ!」
「希望かよ。しかも今まさに吐いてるじゃないのウソを」
っていうか19歳!?年上!?うわぁ嫌なこと聞いたなぁ。
まあいいや、男子の精神年齢は同年齢の女子より5歳下だって言うし
‥ってことは今あんたは14歳ねざまぁみろ!と心の中で言ってみるが微妙に虚しくなっただけだった。
「お前毒舌だよな。どんな親だとこうなるんだ?親の顔が見てみたい!」
「見たいの?本当に?それならこの家の一番奥の部屋に入ってみなさい。ウザイ笑顔の
オッサンが映ってるブロマイドが貼ってあるから」
「ブロマッ‥‥!?」
「背景には薔薇なんかが咲き誇っちゃってねぇ‥‥居間のモノはなんとか撤去させたけど‥ふっ」
「‥‥‥‥‥苦労、してるんだな?」
憐れむような笑顔で涙を流す三太がぽん、と肩に乗せてきた手を、あたしはニヒルな笑みを
浮かべながらはがした。
「分かればよろしい。だから早くプレゼント渡しなさい」
「うえぇぇんハイハイ分かりましたよ‥‥ほれ」
ぽんと渡された紙包みを受け取る。柔らかい感触だから、布系のものかな、中身は。
「わぁーいありがとうこんな感慨の無いクリスマスプレゼント初めて〜」
棒読みで言うと、三太は不満げにぶつぶつ言った。
「‥‥だからやだって言ったのに‥‥」
「諦めてとっととバイトの6件目に行きなさい」
「わかったけど‥あのさ、一つ訊いて良い?」
「何だよ早く言いたまえ」
たまえって確か、尊敬語だか謙譲語なんだよねぇ、なんて関係ないことを思いながら尊大に言ったら、
三太が腑に落ちないと言う顔で問うてきた。
「お前がこの家の娘で佐山鈴音さんでサンタさんまだ信じてた純情ッ子なのは分かったんだけど、
何でこんなところに居るの?」
ふがっ!一番言われたくないところを!人の事情に勝手に踏み込んでくるな、と言ったつもりなのに、
口からは苦しい言い訳が出て来た。
「‥ぐっ‥それは‥‥星が綺麗だったから‥」
「朝から雪降ってて星なんか見えなかったぞ」
「‥‥‥め、目を閉じれば億千の星が‥‥」
我ながら、何て苦しすぎる言い訳だ、と思った。
「だったらこんな寒い日に外に出る必要ないだろ?それに、なんかさっき、雪道で、
お前の名前必死に呼びながら探してるおっさんとすれ違ったんだけど」
「‥‥‥わーったよ言いますよ。かくかくしかじかでこうこうだったんだよ」
「いや、漫画みたいにいかないから。めんどいからって説明はしょるなよ」
くっそう、何でこんな時に限って馬鹿じゃなくなるんだよ。面倒くさい奴だなぁ。
「う〜、親父がさぁ‥あたしに何も言わずに明後日再婚相手を連れてくるとか決めたからさぁ
‥‥その‥‥心の準備をする為に家出を‥」
うつむき加減で喋ったため、後半少しごにょごにょ、となってしまったが、なんとか聞き取れたらしく、
三太は思いきり笑い声を上げた。
「すげー、家出で自分ちの屋根にいるヤツ初めて見た」
「うっさいなぁ東大元倉死って言うだろ」
「なんだか字が全然違うような気はするけど、なるほどと納得しておこう‥‥んで、前の母親は?」
「11年前に昇天したよ」
「そうか」
そうかって、流した奴初めてだよ。ここはごめんとか言うところでしょ。でも、あたし自身謝られるほど
傷ついたりしないので、逆に気を使わないで済んで良かったかもしれない。
「‥‥‥11年前って事は、少なくともお前には、お前の親父が再婚相手を連れてくる
覚悟をする準備期間は、10年あったわけだ」
「‥‥‥だからって、いきなり連れてくるなんて‥」
「それは‥‥‥って、お前!」
「む?」
慌てた様子で立ち上がった三太は、急いで自分の着ていた赤いもふもふした上着を脱ぐと、
あたしに押しつけてきた。
「何、これ」
「それ着とけよ!寒いだろ!っていうか何でこの寒い中そんな毛布一枚の格好なんだよ!」
「‥‥だって、今年の冬は暖冬‥」
「アホか!こんなに雪が降ってて暖かいわけないだろ!?毛布も雪に濡れてぐしょぐしょじゃん!」
お母さんのように口うるさい奴だなぁ‥‥お母さんいないけど。
「‥うっさいなぁ‥アンタにこんなの貸される理由無いし」
「そういう理屈じゃないだろこういうのは!」
「‥‥いいって‥‥くしゅっ」
マンガのようなくしゃみをしてしまった。途端に、目の前の男が勝ち誇ったようなニマニマ笑いをする。
「ほれみろ。ほれみろ」
「‥‥仕方ないなぁ借りてやるよ‥」
「うわぁ態度わりぃ〜」
「‥まぁ、ありがとうと言っておくけど」
三太の貸してくれたコートは確かに暖かった。急に暖かくなった所為で、急に鼻水が出て来た。ヤバイこれ。
今にも垂れそうなので、悪いとは思いつつこっそりコートで拭いてやろうとしたとき、急に三太が
立ち上がった。む?何のつもりだ?
「さて、今の外の寒さを十分に実感した上で訊くけど、この雪の中をコートも着ずに娘を
捜し回ってる親の寒さはどれくらい?」
「‥‥説教してんの?はぁ〜やだやだ親父クサイ」
「年上の説教はきちんと訊きなさい。お前、今高校生なんだろ?
もう一人暮らしとかしててもおかしくない歳だ。
それに多分、鈴音パパはお前が喜ぶと思って、サプライズ・プレゼントのつもりで、
クリスマスの今夜まで黙ってたんだ」
「‥‥そんなの‥そんなの、あたしが喜ぶわけないじゃん。いきなり他人が我が家に入ってくるなんてさ
‥子離れできてないくせに、子供の気持ちも分かってないんだから」
「それは違うと思うぞ鈴音。子供の気持ちを分かってなかったっていうのは本当だと思うが、
親離れできてないのはお前の方だ」
「‥どういう意味だよ」
「現実、本当に嫌で家出するんなら、手紙でも書いて電車に乗ればいい。それをしなかったのはつまり」
「黙ってよ!うるさいな、アンタには関係ないでしょ!?」
無性にイライラして、声を張り上げる。何でアンタがそんなこと言うの。あたしのことも、
親父のことも、何も知らないくせに。それは、三太の言葉を耳に入れない為でもあったけど、
聞きたくないときに限って、言葉というモノは鮮明になるのかもしれない。
「お前がまだガキで、ただ拗ねてるだけだからなんじゃないか?」
心の底に溜まった泥を積み上げただけの堤防は、その言葉にあっけなく崩されてしまった。
novel top back next